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福岡地方裁判所小倉支部 平成2年(わ)359号 判決

主文

被告人を死刑に処する。

押収してあるなた一丁(平成二年押第九一号の18)を没収する。

押収してあるテレホンカード一枚(平成二年押第九一号の15)及び手提げバッグ一個(同号の16)は被害者F子に、手提げバッグ一個(同号の19)は被害者C子にそれぞれ還付する。

理由

(被告人の経歴と犯行に至る経緯)

被告人は、昭和二五年三月一八日同胞四人兄弟の次男として当時の福岡県門司市で出生したが、両親は不仲で、被告人が一二歳になつた昭和三七年三月離婚し、母は家を出て行き、父は再婚した。その後も、継母からは殆ど身の回りの世話も受けず、父からは屡々殴られるなど、家庭環境は不良で、殆ど放任状態であつたため、段々家庭生活に不満を募らせ、学校にも行かず、家出を繰り返すようになつた。それが原因で次第に盗みを働くなどの非行が高じて行き、中学校を卒業してからは益々ひどくなり、昭和四〇年八月窃盗罪で保護観察、昭和四一年一月窃盗罪で初等少年院送致、昭和四二年六月窃盗罪で中等少年院送致、昭和四三年一〇月強盗罪で特別少年院送致の各処分を受けた。昭和四四年一一月特別少年院仮退院後も、親元に帰るのを嫌つて、福岡市内等に居住し、八百屋に勤めて働いていたが、少年院収容時の知人と再会したことが契機となつて、再び怠惰な生活に戻り、遂に、所持金欲しさから切出しナイフを携帯して北九州市門司区内のホテルに侵入し、客室内で財布等を物色中、宿泊客に発見され抵抗されたため、同宿泊客を刺し殺すなどの事件を起こし、昭和四五年一〇月七日福岡地方裁判所小倉支部において強盗殺人、強盗致傷、強盗の各罪により無期懲役に処せられ、熊本刑務所に服役した。服役当初は自暴自棄となつて非違行為を繰り返し、何度か懲罰を受けていたが、昭和五七年ころ刑務所内で見た映画「典子は今」に感銘を受け、それまでの自己の行状を反省し、更生への意欲を見せるようになり、服役態度も改善されたため、昭和六二年五月一三日約一六年六か月振りに同刑務所を仮出獄した。仮出獄後は、工務店の工事人夫として働き始め、住居も更生施設の寮から北九州市《番地略》乙山荘に移すと共に、知り合つたA子(当時三七歳)と昭和六三年四月結婚し、同女の連れ子(一男一女)も養子として、家族四人で生活を始めたが、当初は被告人の働き振りも良く、収入も相応にあつたため、自動車運転免許も取り、軽四輪自動車(北九州〇〇く〇〇〇〇、以下「本件自動車」という。)を購入して、家族一緒に休日にドライブするなど、人並みの安定した暮らしを送つていたものの、平成元年一〇月ころから競艇に熱中し始め、次第にレースに賭ける舟券代も高額となり、給料もこれに費消し、サラ金業者や知人らからも借金しては競艇につぎ込むなど生活態度は乱れると共に、養女に暴力を揮い包丁を振り回すなどしたため、養子二人は被告人を恐れて妻の実家に転住し、妻とは屡々喧嘩口論をするようになつた。そして、平成二年二月二一日ころからは仕事も無断欠勤して、毎日競艇場に通い、借金も約一七〇万円に達したため、焦燥感に追い詰められ、妻に対する後ろめたさから同女と顔を合わせることを避け、暫くは自宅にも帰らず、本件自動車内で寝泊まりするまでになつた。

(犯罪事実)

第一  被告人は、平成二年三月六日の朝、自宅付近に駐車した本件自動車内で目を覚ますと、そのまま若松競艇場に行き、合計六レースに賭けたものの、負けて所持金を減らしてしまつたため帰途についた。同日午後二時三〇分ころ前記乙山荘に帰り、同荘一階のB子方横を通り掛かつた際、同女方は昼間留守であることを思い出すや、競艇資金等の金欲しさから窃盗を決意し、同女方浴室の開いていた高窓から屋内に入つて奥六畳居間に至り、もつて、人の住居に侵入した。

第二  被告人は、前記第一の犯行の際、たまたま帰宅したB子に発見されたため盗みをするまでに至らず、相変わらず所持金に窮していたところ、同月一二日も午前九時五〇分ころ本件自動車を運転して自宅を出、知人宅に立ち寄つて借金をした上、下関競艇場に行き、第一から第一〇レースまで賭けたが負け、所持金も少なくなつたため午後三時ころ帰途についた。途中午後三時一五分ころ北九州市門司区東港町三番JR九州貨物専用引込み線外浜駐車場に本件自動車を駐車させた後、同駐車場東側に所在する、同区《番地略》「丙川マンション」B棟に向かい、表道路から奥まつた路地に入つて行つた。同棟北側路地を通つてその東隅まで来たところ、宗教団体の月刊誌を配つていたC子(当時五七歳)が同棟北側出入口から出て被告人の方に歩いて来るのを認めたので、すぐ同棟東側路地を南側寄りに入つた場所で壁側に向かつて立ち、小便をする格好をして、C子が被告人の後ろを南側の方へ通過するのを待つたが、通り越した同女が左腕に手提げバッグを抱えているのを認めるや、右手提げバッグには金が入つているものと思い、競艇資金や借金返済資金欲しさにこれを強取しようと決意した。そこで、同日午後三時二〇分ころ、同所において、先を行くC子の背後に近付くや、右肩に掛けていたショルダーバッグの中からなた(刃体の長さ約一七センチメートル、重量約四〇〇グラム、平成二年押第九一号の18)を取り出して右手に持ち、その峰の部分で同女の後頭部目掛けて思い切り一回殴打し、同女の左腕から手提げバッグを奪い取ろうとしたが、同女がなかなか離そうとせず騒ぎ声を上げたため、更になたで同女の頭部、顔面目掛けて十数回殴打する暴行を加えてその反抗を抑圧し、同女からその所有に係る現金約五〇〇円及び印鑑等在中の手提げバッグ一個(時価約五〇〇円相当、平成二年押第九一号の19)を強取したが、その後、右暴行により、同女に全治まで約二か月間を要する多発頭蓋骨骨折、多発顔面骨骨折、多発顔面・頭部挫創等の傷害を負わせた。

第三  被告人は、前記第二の犯行後逃走し、前同日午後四時ころ前記乙山荘前まで戻つたが、暫く時間をつぶすうち、仕事先でよく眺めたことがある、モダンな建物が立ち並ぶ高台に行つて見たい気持ちになり、同日午後五時ころ再び本件自動車を運転して北九州市小倉北区《番地略》所在の分譲マンション「ガーデンハウス丁原」方面に向かつた。同四丁目二四番一二号先路上に到着してからは午後六時一五分ころまでの間、同ガーデンハウスA棟内を一巡し、続いて同B棟内も歩き回るなどして同地区内を観察し、その後一旦本件自動車を発車させてその場を離れたが、程無く立ち戻つて同四丁目二四番一一号先市道上に再び車を止めた。自動車前方の同市門司区《番地略》のD子方を眺めるうち、屋根の形や構造に特徴があるのに興味を覚えたので、車を降りて同女方に近寄つたところ、車庫には自動車はなく、部屋には明かりが付いていなかつたため、家人は出掛けていると思い、同女方に侵入して金銭等を窃取しようと決意した。そこで、同日午後六時二三分ころ、同女方一階ダイニングキッチン北側の無施錠のサッシ戸を開けて屋内に侵入した上、ダイニングキッチン内を見回し振り返つた時、不意に屋内に入つて来たD子の娘E子(当時二五歳)と正対する形で鉢合わせになり、驚いた同女が「あつ」と悲鳴を上げ、続けて大声を上げそうだつたため、とつさに立ちすくんでいる同女の口を左手で塞いだが、このまま同女に騒がれては警察に捕まり、元の刑務所暮らしに逆戻りして、一生刑務所から出られなくなつてしまうと考え、矢庭に同女を殺害しようと決意し、左手で同女の口を塞いだまま、右肩に掛けていたショルダーバッグの中から取り出した文化包丁(刃体の長さ約一八センチメートル、平成二年押第九一号の7はその刃先が折れた物、同号の13はその折れた刃先)を右手に握つて、力一杯同女の頚部付近目掛けて続け様に数回突き刺し、よつて、そのころ、同所において、同女を左頚部刺創に基づく失血により死亡させた。

第四  被告人は、前記第三の犯行後、金目の物を盗むため、前同日時ころ前記D子方二階に上がつて各部屋を物色し、東側洋間のベッド上に置かれていたE子の手提げバッグの中から同女所有に係る現金約二三〇〇円在中の財布一個(時価不詳)を窃取し、その後逃げるため階下に降り、玄関の内鍵を開けようとしたところ、車庫入口のシャッターを閉める音が聞こえ、家人が帰宅したことが分かつたので、急いで侵入箇所から屋外に出、西側敷地を通つて玄関先の様子を窺つたが、帰宅したD子(当時五三歳)が玄関ポーチに立つていたため、慌てて逆戻りに裏手を大回りして東側敷地まで走り、フェンスを乗り越えて逃走しようとしたものの、折しも通行人のF子がD子方東側市道を接近して来るのを認めてこれを諦め、再び裏手を西側に向かつて走り抜け、同女方玄関横の車庫付近に飛び出したところ、まだ玄関ポーチに立つていたD子とぱつたり間近に相対してしまつた。驚がくしたD子から「あんた誰。E子ちやんに変なことをしたのではないでしようね」などと矢継ぎ早に詰問されるや、とつさに名前を騙つて取り繕つたり、隙を見て同女の横を通り抜けて逃げようとしたが、一層不審と不安を抱いた同女から「ちよつとあんた待ちなさい。警察に行きましよう」と騒がれ、右腕を捕まえられたため、捕まつた腕を振り払おうとして同女ともみ合いになつたところ、その時同女方玄関前の市道を歩いていたF子からもこれを目撃されたことから、このままではD子の声を聞いて駆け付ける近所の人らによつて取り押さえられ、警察に引き渡されるかも知れず、そうなるとE子を殺害して財布を窃取したことも発覚してしまうものと焦り、同女を玄関ポーチの柱に押し付けた上、「静かにせい」などと申し向けて脅し付けたが、同女が被告人の手を払い除けようとしながら益々大声を上げたので、この上は同女を殺害する以外に方法はないと決意した。そこで、同日午後六時三五分ころ、左手で同女の口を塞ぎ、同女を玄関ポーチの柱に押し付けながら、右肩に掛けていたショルダーバッグの中に右手を突つ込み、在中の刺身包丁(刃体の長さ約二〇・七センチメートル、平成二年押第九一号の6)を順手に握るや、逮捕を免れる目的で、殺意をもつて、右包丁で同女の前頚部目掛けて思い切り一回突き刺したが、同女に入通院約二九〇日間の加療を要し、両側反回神経麻痺による発声障害、嚥下障害等の後遺症を生じる前頚部刺創、気管完全断裂等の傷害を負わせたにとどまり、殺害の目的を遂げなかつた。

第五  被告人は、前記第四の犯行後、D子方玄関前の市道に逃げ出し、約三〇メートル先の本件自動車の駐車場に駆け戻ろうとしたが、前方を右駐車場に向かつて歩いているF子(当時一八歳)を見て、このまま本件自動車に乗つて逃走すれば、D子とのもみ合い等の状況を目撃したF子に車のナンバーを覚えられてしまい、ひいては、自己がD子を包丁で突き刺した事件も、E子を殺害して財布を窃取した事件もすぐに発覚するものと考え、この上はF子に本件自動車のナンバーを覚えられないようにするため、同女を殴打して気絶させ、その間に逃走しようと決意した。そこで、前同日午後六時四〇分ころ、同市小倉北区赤坂四丁目二四番一一号付近の市道上において、小走りで同女の跡を追い掛けながら、右肩に掛けていたショルダーバッグの中から在中の鉄製カジヤ(全長約三〇センチメートル、重量約三六五グラム、平成二年押第九一号の20)を取り出して握りしめ、罪跡を湮滅する目的で、同女の背後からその後頭部目掛けて一回殴打する暴行を加えて、同女をその場に昏倒させ、同女に全治まで約一〇日間を要する後頭部割創等の傷害を負わせ、更に同女が右暴行により反抗を抑圧された状態にあるのに乗じ、同女から現金約二五〇〇円及び財布、テレホンカード二枚(平成二年押第九一号の15はその一部)、自動車運転免許証、外数点在中の手提げバッグ一個(時価約一五〇〇円相当、同号の16)を強取した。

ものである。

(証拠)《略》

(争点に対する判断)

一  E子に対する殺意について

弁護人は、判示第三のE子に対する殺人の事実については、被告人には未必的殺意があつただけで、確定的殺意はなかつたと主張し、被告人も当公判廷において殺意そのものがなかつたと弁解するので検討するに、前掲関係各証拠によれば、次のとおり認められる。

(一)  本件で使用された凶器は、刃体の長さ約一八センチメートルの、刃先が鋭利な文化包丁であり、これをもつて人体の枢要部を刺せば、十分人を殺害するに足りるものであること

(二)  被告人は、その凶器を右手に握つて、無防備無抵抗のE子に近寄り、その身体の枢要部である頚部目掛けて立て続けに四回切り付けたり突き刺したりしていること

(三)  その結果、E子に対し、(1)前頚部には左下から右上方に向けて走る長さ約七センチメートルの線状の切創を負わせ、(2)項部の左側下端部にはほぼ左右に走る創縁の長さ約三・五センチメートルの刺創を、項部の正中すぐ右の下端部には創縁の長さ約一・七センチメートルの刺創を負わせ、これがほぼ水平につながる貫通創をなしており、(3)左肩の左端部には創縁の長さ約三センチメートルの刺創を、前胸部の左上端部には創縁の長さ約二センチメートルの刺創を負わせ、これが上下につながる貫通創をなしており、(4)左頚部の中央やや下の部位には創縁の長さ約三センチメートルで、創洞が左上から右下方に向かう深さ約八センチメートルの刺創を負わせ、同刺創は左総頚動脈を完全に切断した上、気管壁の前面を切断していること

(四)  E子の右各創傷は、E子が被害当時上半身に重ね着していた肌着、厚手の毛糸のハイネックセーター、毛糸のベスト及びVネックセーターをいずれも切り裂くとか貫いた上で生じており、被告人の攻撃力は相当に強く、力一杯刺したものであること

(五)  解剖時において、E子の左側頚部の創洞には、凶器の先端から長さ約八センチメートルの部分で折れた刃先が気管壁前面に突き刺さつた状態で発見されており、被告人は右折損を生じた左側頚部への刺殺行為に至るまで執拗に攻撃を加えたものであつて、E子も右刺殺行為による左総頚動脈の完全切断に基づく失血により即死状態となつたこと

以上認定の本件凶器の種類及び形状、E子の創傷の部位及び程度、本件攻撃行為の態様及び力の程度に加えて、被告人は、D子方へ侵入するに際し、家人に遭遇した場合には凶器で脅すなどの攻撃に出ることを予定した上で、前もつて所携のショルダーバッグのチャックを開け、中に入れていた本件文化包丁が取り出し易いかを確認した後、これを右肩に掛けて犯行場所に侵入しており、背後にE子の居ることに気付くや、間髪を入れずに右文化包丁を取り出して攻撃行為に及んでいるのであり、そこに何らの躊躇も見られないことや、判示認定の本件殺人行為に至つた被告人の当時の心情をも併せ考えると、被告人にはE子に対する確定的殺意があつたものと優に認められる。被告人も捜査段階において右の確定的殺意のあつたことを自認しているところでもある。

二  D子に対する強盗殺人未遂罪の成否について

弁護人は、判示第四のD子に対する強盗殺人未遂の事実については、被告人にはD子を殺害するまでの意思はなかつた、また、当時D子には被告人を逮捕する意思も逮捕できる能力もなく、被告人もD子が逮捕行為に出ることまで予想した上で先制的に刺そうとしたわけではないから、逮捕を免れる目的でした行為とはいえず、事後強盗には当たらない、結局D子に対する強盗殺人未遂罪は成立しないと主張し、被告人も当公判廷において右の殺意及び逮捕を免れる目的でしたとの点を否認している。

よつて、検討するに、前掲関係各証拠によると、被告人のE子殺害後の、D子に対する犯行に至る経過は、次のとおりである。

(一)  被告人は、E子の殺害により文化包丁の刃先が折損したことに気付くや、代わりの包丁を探すため、直ちにD子方台所流し台下の開き戸を開け、開き戸内側の包丁立てにあつた包丁三本のうちから、刃先が最も鋭利で、刃体の最も長い本件刺身包丁を選び出した後、これを所持したままD子方二階に上り、午後六時二三分ころ現金約二三〇〇円等在中の財布を窃取したこと

(二)  被告人は、右窃取後、刺身包丁を所携のショルダーバッグに入れて右肩に掛け、玄関の内鍵を開けて逃走しようとした際、折しも帰宅したD子が開扉のシャッターを閉める音を立てたため、家人の帰宅したことに気付き、慌てて逃げようとして敷地内を駆け回つた後、午後六時三五分ころD子方玄関ポーチ付近でD子とばつたり遭遇してしまつたところ、被告人が要領を得ない応答をしたことなどから不審に思つたD子が大声で騒ぎ出し、逃走しようとした被告人の腕をつかんで「警察に行きましよう」などと叫び、被告人ともみ合いになつたため、被告人がショルダーバッグから取り出した刺身包丁で本件犯行に及んだこと

(三)  なお、被告人とD子との言い争いやもみ合い等の様子は、当時D子方前市道を通行中のF子が現認しており、現場付近は一般住宅や分譲マンションなどが多数立ち並ぶ閑静な住宅地区であつた上、勤め先等から帰宅する通行人も多いことが予想される夕方の時間帯であつたこと

以上のとおり認められる。

そこで、D子に対する殺意の点につき判断するに、関係各証拠によると、(1)本件で使用された凶器は、刃体の長さ約二〇・七センチメートルの、刃先が前記文化包丁より更に鋭利で、人体を刺し通す性能の高い細身の刺身包丁であり、これをもつて人体の枢要部を刺せば、たやすく人を殺害することができるものであつて、本件刺身包丁を選び出した被告人は右性能を十分認識していたこと、(2)被告人は、D子を玄関ポーチの柱に押し付け、左手でD子の口を塞ぐようにしながら、右手をショルダーバッグの内に突つ込み本件刺身包丁を取り出すやいなや、握りしめた右包丁でD子の身体の枢要部である前頚部目掛けて、それも下から上方に突き上げるようにして強く突き刺しており、そこには凶器を示して同女を脅すなどの牽制行為は全く見られなかつたこと、(3)その結果、D子に対し、前頚部中央に走る創縁の長さ約五センチメートル、上方約四五度で真後ろ方向に向かう深さ約六センチメートルの刺創を負わせ、同創傷は甲状腺左葉、気管及び食道を完全に断裂し、声帯をも損傷するという極めて重篤な傷害であつて、そのためD子は、早期の緊急手術により危うく一命を取り止めたものの、手術後も危篤状態が続く程であり、もし右刺創が僅か二センチメートルでも横にずれるなどしておれば、内頚動静脈を断裂させ、同女を確実に死に追いやること必至であつたこと、以上の事実が認められるところ、右認定の本件凶器の性能、D子の創傷の部位及び程度、本件攻撃行為の態様及び力の程度に加えて、被告人は、E子殺害後、折損した文化包丁に代えて殺傷能力の更に高い本件刺身包丁を選び出し、今後のD子方家人らとの遭遇に備えて所持を続けていることや、判示認定の本件殺害行為に及ぶに至つた被告人の当時の切羽詰まつた心情をも併せ考えると、被告人にはD子に対する確定的殺意があつたものと認定するのが相当である。被告人も捜査段階では右の確定的殺意のあつたことを自認しているところでもある。

これに対して、被告人は、当公判廷において、D子を刺すつもりはなく、脅すつもりで包丁を前に出したところ、つい刺さつてしまつた旨供述するが、前認定の創傷の部位及び程度、刺創の方向、犯行時における被告人の切羽詰まつた心理状態に照らして不自然不合理な弁解であり、到底信用することができない。また、D子に対する攻撃が一回に止まつたのは、D子が右手の第二指切創、第四・第五指屈筋腱断裂の傷害を負い、ひどい指関節の機能障害を残す程必死で包丁を奪い取つたからであり、反面、被告人においては兎に角一刻も早くその場から逃れたい気持ちと共に、D子を刺した直後「またやつてしまつた」との後悔の念も生じて、一瞬包丁を握る手の力が緩んだものと窺われるに過ぎず、攻撃が一回に止まつたことをもつて被告人の確定的殺意認定の妨げとなるものではない。

次いで、被告人のD子に対する攻撃行為が逮捕を免れる目的に出たものか否かについて判断するに、刑法二三八条の準強盗罪は、同法条の趣旨に鑑み、窃盗犯行を現認した者から逮捕されるのを免れるため、その現認者に対し反抗を抑圧するに足りる暴行を加える通常の場合に限らず、窃盗犯行に時間的にも場所的にも接着した機会に犯人を発見した者で、犯人の犯行に何らかの不審を抱いた者からの逮捕を免れるため、右発見者の逮捕行為を抑圧するに足りる暴行を加える場合にも、更には右発見者が現実に逮捕しようとしなくても、同人が騒ぎ立て、その結果他人から逮捕されるのを免れるため、右発見者に対し、その騒ぎ立てを不可能にする暴行を加えた場合においても成立するものと解するのが相当であるところ、本件につき、関係各証拠により検討すると、D子は、被告人の窃盗犯行にごく接着した機会に被告人を発見した家人であり、被告人の犯行に不審を抱いて「警察に行きましよう」などと騒ぎ立てた者であること、また、現場周辺の住宅事情や当時通行人の予想される時間帯であつたことは前認定のとおりであるから、例え、本件当時D子には被告人を実際に逮捕するまでの意思がなく、体力や年齢からしても被告人を逮捕できる能力がなかつたとしても、D子の騒ぎ立てを聞いて駆け付ける付近住民らによつて取り押さえられ、警察に引渡されるとか、騒ぎ立てを見聞した近所の人によつて警察に通報されるかも知れないことは、当然予想された状況下にあつたのであり、被告人としても、そのことを予想したればこそ、このままでは捕まつてしまうと考え、D子を黙らせようと判示のとおり暴行を加えたことが認められる。

そうすると、窃盗犯人である被告人が逮捕を免れる目的で発見者であるD子に対し騒ぎ立てを不可能にする殺害行為に及んだことは明らかであるから、準強盗に該当し、結局強盗殺人未遂罪が成立するというべきである。

三  F子に対する強盗致傷罪の成否について

弁護人は、判示第五のF子に対する強盗致傷の事実については、被告人がすでにD子方における窃盗行為を完了した後のことで、最早窃盗犯人とはいえない段階における犯行であり、かつ、罪跡湮滅の目的もなしに暴行を加えたに過ぎないから、事後強盗には当たらず、結局F子に対しては傷害罪と窃盗罪が成立するだけであると主張する。

よつて、関係各証拠により検討するに、F子に対する強盗致傷事件における暴行は、D子方で窃盗をした被告人が、D子方から逃げ出し、近くの被告人車両の駐車場の所まで駆け戻る過程で、D子に対する強盗殺人未遂の犯行に引続いて敢行したものであつて、時間的にも窃盗犯行時から約一七分後、D子に対する強盗殺人未遂事件の直後のことであり、場所的にも窃盗現場であるD子方から僅か約三〇メートル足らず離れた道路上でのことである上、未だ前記のとおり発見者であるD子の騒ぎ立てや、同女とのもめ事を見聞した付近住民らによつて逮捕される可能性が残されていた段階での行為であるから、被告人の窃盗行為と接着した機会に行なわれた犯行であり、その時点では、被告人は刑法二三八条の準強盗の主体たる窃盗犯人に当たるというべきである。そして、本件当時、F子は、被告人のD子に対する強盗殺人未遂事件現場のそばを通行し、被告人とD子とのもみ合いの様子、D子の叫び声、物音を立てて逃げるD子の姿等の行為の状況を目撃した者であり、被告人も右争いの最中F子がこれを目撃していることを気に掛けていたことが認められるところ、D子に対する強盗殺人未遂事件とD子方における窃盗事件とは密接不可分な関係にあるから、F子は右強盗殺人未遂事件の目撃者でもあり、同時に、右窃盗事件にとつても目撃者となり得る者といえる。ところで、刑法二三八条の準強盗罪における罪跡を湮滅する目的には、窃盗犯行の目撃者による場合に限らず、本件のような窃盗事件にとつても目撃者となり得る者による窃盗犯人と窃盗事実とを結び付ける証拠の獲得を不能にしようとする場合にも該当すると解すべきところ、本件においては、実際にF子が被告人の車のナンバーを見て覚えようとする意図があつたかどうかに拘らず、客観的には、当時不審と不安を抱いたF子によつて逃走しようとする被告人車両のナンバーを見られる可能性があつたのであり、被告人においてもこれを予想したればこそ、もし同女に車のナンバーを見られたら、D子方での窃盗事件も含め、D子に対する強盗殺人未遂事件が発覚することになると虞れ、そうさせまいとして、同女に対し判示のとおり暴行を加え、同女を昏倒させたものと認められる。

そうすると、本件は、罪跡湮滅の目的をもつてした準強盗であり、結局強盗致傷罪が成立するというべきである。

四  責任能力について

弁護人は、判示第三のE子に対する殺人の事実については、犯行直前における被告人の心理的緊張状態や、被告人の有する脳障害及び精神病質といつた素因、並びに犯行前からの頭痛のための鎮痛剤乱用といつた要因が複合的に作用したため、被告人の精神能力が著しく低下していた時に犯されたものであつて、右犯行当時心神耗弱の状態にあつたと主張する。

そこで、検討するに、被告人が本件犯行前に借金の増加や夫婦喧嘩等により焦燥感に追い詰められていた状況にあつたことは判示認定のとおりであり、鑑定人福島章作成の鑑定書及び同補充書によると、被告人の脳には早幼児期脳障害が所見され、現在の被告人の精神状態は意志薄弱・情性希薄の傾向を有する精神病質であつて、その程度は中等度であることが認められる。また、被告人の当公判廷における供述によると、被告人は、犯行前年の平成元年六月ころから頭痛の鎮痛剤「セデス」または「ユニー」を服用するようになり、同年一二月ころからは毎日一日一〇錠程度飲んでいたもので、本件犯行当日も朝と午後に各一回合計八ないし一〇錠服用していたと言うのである。

しかしながら、前記鑑定書及び同補充書、並びに証人福島章の証言によると、鑑定人福島章は、被告人の精神状態について、次のとおり診断している。

(一)  被告人の早幼児期脳障害は、脳波検査や心理検査の結果、「微細な脳器質性の異常が示唆される所見」によるものであり、その程度は微細なものであつて、積極的に脳器質性障害といえるものではなく、別段これに対応する臨床症状とか、意識障害、発作症状があるわけではない、これが異常な性格形成や社会不適応行動をもたらす生物学的背景となつて、被告人の意志薄弱・情性希薄の傾向を有する精神病質の原因となつた可能性は窺われるが、この微細な異常所見の存在だけから、直ちに責任能力の低下を疑うことはできないこと

(二)  被告人の意志薄弱・情性希薄の傾向を有する精神病質は、人格の平均からの単なる偏りであつて、精神病とか精神薄弱などといつた疾病ないし疾病に準じるものではなく、理非善悪の弁識能力や、これに従つて行動を制御する能力といつた責任能力に影響を与えるものではないこと

(三)  被告人は本件犯行前、前記のような追い詰められた心理状態にあつたものではあるが、犯行前の日常の行動状況や本件各犯行の内容を吟味しても、動機目的において了解可能であり、無目的無差別な行動は見られず、もとより意識混濁、もうろう状態、覚せい体験などを欠いていたから、犯行当時被告人が心因反応の状態にあつたとは到底いえないこと

(四)  被告人の言う鎮痛剤は、いずれも中枢性鎮静作用を有するが、精神作用は殆どないものであり、その服用量は、確かに通常の指示量を超えるものではあつても、乱用の程度としては重度ではなく、犯行までの大量服用傾向も短期間であつて、薬物に対する依存性が形成されたとは思われない上、本件犯行前後の行動においても意識障害の兆候である注意力の低下や運動機能の障害などなく、本件各犯行はそれぞれ合理的理由が認められるから、本件当時被告人に薬物乱用による精神的影響があつたとは考えられないこと

(五)  被告人は、脳の微細な障害によつてある程度影響されるかも知れない精神病質と鎮痛剤の乱用との競合によつて、通常人の精神状態に比べ、精神能力が多少低下した状態にあつたとも考えられるが、その低下の程度が著しいものであつたとは評価できないこと

以上の鑑定人の診断内容に加えて、関係各証拠により被告人の行動を検討すると、本件犯行前の被告人は、競艇場にせつせと通うなど活動的であり、長時間自動車運転に従事しても無事故・無違反であるなど何ら支障のない通常の社会生活を営んでいることが認められる。また、E子殺害当日の各犯行についても、犯行の動機、目的、態様、犯行後の行動等について詳細かつ明確な記憶があり、これに基づく供述内容は客観的事実にも合致しており、E子殺害後に生じた状況の変化に対応する行動をとるなど無目的無差別な行動の節は窺われず、それぞれ合理的で了解可能である上、その犯行の過程においては、E子の体を揺すつて死亡を確かめ、死体に衣類を掛けてやつたり、一連の犯行後逃走する過程では、被害品や凶器等の証拠隠滅行為を行ない、血の付いた手を洗うなど冷静な行動すら認められる。

以上の諸点に鑑みると、被告人のE子に対する本件殺人行為は、身体障害者であつて、抵抗もしないE子に対し、瞬時のうちに凶器を使用し、かつ、余りに残酷な態様の攻撃であるため、一見被告人の精神状態に異常があるのではないかと問題視されるものの、被告人にはE子に対する本件犯行当時、是非善悪を弁別し、これに従つて行動する能力があつたことは明らかであるといわなければならないから、弁護人の前記主張は採用しない。

(法令の適用)

罰条

第一の行為 行為時において平成三年法律第三一号による改正前の刑法一三〇条前段、同改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号

裁判時において右改正後の刑法一三〇条前段

刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑により処断

第二の行為 刑法二四〇条前段

第三の行為

住居侵入の点につき

行為時において平成三年法律第三一号による改正前の刑法一三〇条前段、同改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号

裁判時において右改正後の刑法一三〇条前段

刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑により処断

殺人の点につき

刑法一九九条

第四の行為 刑法二四三条、二四〇条後段(二三八条)

第五の行為 包括して刑法二四〇条前段(二三八条)

科刑上一罪の処理 刑法五四条一項後段、一〇条(第三の各罪につき、一罪として重い殺人罪の刑で処断)

刑種の選択 第一の罪につき懲役刑を、第二、第五の各罪につき有期懲役刑を、第三の罪につき死刑を、第四の罪につき無期懲役刑をそれぞれ選択

併合罪の処理 刑法四五条前段、四六条一項(第三の罪の死刑に従つて処断し、没収のほかは他の刑を科さない)

没収 刑法一九条一項二号、二項本文(第二の犯罪行為に供したなたは、被告人以外の者の所有に属さないもの)

被害者還付 刑事訴訟法三四七条一項(第二の罪の賍物である手提げバッグ一個は被害者C子に、第五の罪の賍物であるテレホンカード一枚及び手提げバッグ一個は被害者F子にそれぞれ還付すべき理由が明らかである)

訴訟費用の不負担 刑事訴訟法一八一条一項但書

(量刑の理由)

一  犯行の動機

本件各事犯は、競艇に狂つて借金を増大させ、その返済等に窮した被告人が、所持金欲しさから次々と敢行した利欲的犯罪であり、犯行実現のためには狙つた相手や侵入先の家人を殺傷し、逮捕を免れようとして発見者にも、罪跡を湮滅しようとして通行人にも次々と凶器を揮うなど、人の生命身体の尊さを一顧だにしない自己中心的犯行であり、動機に酌量の余地はない。

二  犯行の態様と結果

本件各犯行の態様を見ると、判示第一の住居侵入事犯は、被告人と同じアパートに居住するB子方に目を付け、予め軍手を両手にはめ、抜き身の文化包丁を腰のベルトに差し込んだ上で、白昼堂々と侵入した用意周到かつ大胆な犯行であり、帰宅したB子に発見されるや、間髪を入れずに文化包丁を示して脅そうとし、思わず振り払おうとした同女の手に傷まで負わせたもので、同女が冷静に対処して被告人の非を諭したため、被告人においてその場を立ち去つたに過ぎず、あわや重大な殺傷事件にもなり兼ねない危険な行為といわなければならない。判示第二以下の強盗致傷、殺人、強盗殺人未遂という重大事犯は、B子からたしなめられたにも拘らず、その一週間後に連続的に犯したもので、そこには何らの反省も逡巡も見られず、犯情は特に悪質である。第二の犯行前には、わざわざ包丁、なた、鉄製カジヤ等在中のショルダーバッグを携帯して、よそのマンション敷地内に入つて行つた後、人目に付かない路地で犯行に及んだもの、第三以下の犯行前にも、矢張り凶器を入れたショルダーバッグを携帯の上、住宅地区内を徘徊して観察し、狙いを付けたD子方に侵入するに際しては、予め軍手を両手にはめ、ショルダーバッグの口を開けて凶器が容易に取り出せるかを確認するなど、計画的犯行の疑いを拭い切れないものがある。いずれも、か弱い女性に対し、殺傷能力の高い凶器を揮い、人体の枢要部に強度の攻撃を加え、一人を死亡させ三人に傷害を負わせたもので、短時間のうちにいとも簡単に人の生命身体を犠牲にした重大犯罪であり、まことに凶悪で冷酷非道というほかはない。殊に、E子に対しては、その気配を感じて相対するや、いきなり強固な殺意をもつて文化包丁でその頚部を狙つて続け様に数回突き刺し、刃先が折損するまで攻撃して即死させたもので、執拗にして残虐、無残な犯行といわざるを得ない。被告人は、これまで人家に侵入するに際してはいつも凶器を携帯し、万一家人に見付かればこれで脅そうとしていたもので、前刑事犯でもそうであるが、刃物を持つて侵入した場合家人に発見されたら殺傷沙汰になり兼ねないことは十分認識していたと思われるに拘らず、本件のD子方への侵入に際しても同様であつて、E子殺害も起こるべくして起こつたものと見ることができ、計画的犯行にも準じて考えられるものである。C子に対しても背後から重量のあるなたで不意に襲い、後頭部や顔面を多数回殴打した上、手提げバッグを奪い取るといつた卑劣にして執拗、残酷な犯行であり、D子に対しては、確定的殺意をもつて、矢庭に鋭利な刺身包丁で頚部を狙つて突き上げたものであり、これまた残忍かつ凶悪である。E子に対しても、背後から重量のある鉄製カジヤで後頭部を一撃して昏倒させたもので、卑劣かつ危険極まりない。

本件によつてC子の受けた傷害は重傷であつて、全身ショック状態で血圧の低下を来たし、治療行為が遅れていれば、死亡する危険性が高かつたものであり、女性の被害者に与えた頭部と顔面の傷はひどい惨状を呈し、瘢痕は将来にわたつて残るなど、その被つた精神的苦痛は甚大である。D子に至つては、即死を予想される程の瀕死の重傷であつて、未だ発声障害、呼吸機能障害、嚥下障害等の後遺症に苦しんでおり、気の毒に堪えない。また、F子が負つた傷害も六針縫合手術を受けた後頭部割創であつて、その結果は軽視できない。

三  被害者側の事情

殺害されたE子は、被害当時身体障害者手帳三級の交付を受けていた者で、右手麻痺の障害にもめげず、授産所の編物科通所生として訓練を受けるなど健気に生活し、被害の前日には紹介された男性と見合いをしたばかりの若い女性であつたが、突然の本件凶行により非業の死を遂げるに至つた無念の思いは、察するに余りがある。D子は、幸いにも一命を取り留めたが、入院治療中には終始娘E子の安否を気遣い、身体不自由なE子を残して先に死ぬことはできないと懸命に耐えていたものであり、その間D子の容態が安定するまではE子の死をD子に知らせず、やがて事実を告げなければならなくなつた親族の心労や悲痛な思いは痛ましい限りであり、最愛の娘の死を知つたD子の悲嘆と絶望感は筆舌に尽くし難いもので、その受けた傷痕は深く、肉体的精神的苦痛は計り知れないものがある。

被害者らには何らの落ち度はなく、被告人やその関係者から被害者らに対する弁償は勿論、慰藉の措置は全く講じられておらず、被害者らの処罰感情は極めて強い。D子初めE子の遺族らはこぞつて被告人の極刑を望んでいる。

四  社会的影響

本件の連続的各犯行は、いずれも閑静な住宅街における凶行であり、か弱い女性ばかりを狙つた凶悪犯罪であつて、新聞、テレビ等で大きく報道され、近隣住民を多大な不安と恐怖に陥れ、一般社会に対しても甚大な衝撃と影響を与えたことも無視できない。

五  被告人の犯行後の態度

被告人は、右連続的犯行後、金目以外の被害品や凶器を紫川河口に投棄するなど入念な証拠隠滅行為を行ない、犯行によりまとまつた金を取得できなかつたことが分かるや、その直後から形振り構わず知人に借金を申し込み、競艇場にも通い、果ては暴力団幹部の付け人になるなど、被告人の犯行後の行動に反省の念は見受けられない。公判廷においても、本件各犯行の核心部分等については記憶にないなどと不自然で弁解がましい供述に終始しており、真摯に反省しているのか疑わしい。

六  被告人の性格、犯罪性向

被告人は、早幼児期脳障害の生来的負因がある上、幼少年期を恵まれない家庭環境に過ごした者であり、これらが相関連して被告人の意志薄弱・情性希薄の傾向を有する精神病質を形成し、青少年期の種々の非行や犯罪の基調となつたことが窺われ、この点は同情に値するが、被告人以外の兄弟は皆真つ当に成人して社会生活を営んでいることからして、右の生育環境の不遇をもつて被告人のため大きく評価することはできないし、一般に早幼児期脳障害を持つた個人の社会不適応行動の余後は比較的良好で、成人後の犯罪は少なくなるものであり、被告人の右障害の程度はごく微細なものであるから、その後の矯正教育と自らの更生努力で立ち直ることができたと見るべきである。被告人は、これまで少年院や刑務所で幾度も長期間にわたり矯正教育を受けて来た上、前刑の仮出獄後においても、保護観察のもと、就労先も定まり、実弟の援助協力で自宅アパートも借りることができ、人並みの家庭生活を享受し得るまでになつていながら、自らギャンブルにのめり込むなどしてこの恵まれた環境を破壊し、他からの援助協力にも背を向け、遂には前刑事犯を上回る同種凶悪犯罪を敢行するに至つたことは、被告人の自業自得の所業にほかならず、最早前記脳障害の素因や生育環境の不良の影響よりも被告人自身の負うべき責任の度合いが圧倒的に大きいと考えられる。被告人の犯罪性向は極めて強固であるというべく、現下の矯正方法をもつてしては容易に改善不可能と認めざるを得ない。

七  結論

もとより、人命の尊重は至高の理念であつて、死刑制度の適用については、慎重の上にも慎重でなければならないことは言う迄も無いが、前述した本件各犯行の罪質、動機、態様、特に犯行の連続性、手段方法の残虐性、執拗性、結果の重大性、被害者や遺族の被害感情、社会的影響、被告人の前科前歴のほか、被告人の生来的負因や生い立ち、C子に対する強盗致傷事件につき、被告人が自首したことなどの情状を総合的に考慮に入れて検討しても、本件における被告人の罪責は余りに重大であつて、罪刑均衡の見地からして、殊に、被告人は、前に強盗殺人、強盗致傷、強盗の罪を犯して無期懲役に処せられた者であり、その仮出獄中に前刑事犯を上回る同種凶悪な犯罪を犯すに至つた被告人に対し前刑と同じ無期懲役を科すことは、社会正義の観点から容認できないことからも、現行刑罰制度の下において、当裁判所は、被告人に対し極刑をもつて臨むほかはないと思料する。

よつて、主文のとおり判決する。

(出席した検察官 山下輝年)

(裁判長裁判官 森田富人 裁判官 永井秀明 裁判官 吉田尚弘)

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